―現代語学塾の活動より―

■ 塾生たちの活動(塾報『クルパン』から)


1.ディープな韓国を訪ねて

「クドゥルド ウリチョロム」の町 古汗
萩原恵美 (멋진 글쓰기・講読自主)

そこはもう、黒い町ではなかった。

江原道旌善郡古汗邑。映画「クドゥルド ウリチョロム」(1990朴光洙監督、邦題「追われし者の挽歌」)の舞台となったその町に着いたのは夕方だった。タクシーの運転手はカジノに行くのかと言った。いえ、カジノなんかには縁がありませんよ、明日浄岩寺に行こうと思って、と答えただけで、映画については何も言えなかった。地元の人である彼にとっては、今や傾きつつある鬱々とした石炭産業などより、華やかなカジノのほうが町の目玉なのだろうから。

ソウルのシェラトン・ウォーカーヒルホテルにあるカジノのことはガイドブックなどにも紹介されているし、以前狛江市長が大損をして話題になったりもした。ただしこのカジノに入場できるのは外国人と在外韓国人のみ、内国人は利用できなかった。2000年6月にオープンした当地の江原ランド・カジノホテル(敷地16000坪、延床面積6445坪!)は、初の内国人向けカジノということで、韓国内では話題にもなり、それなりに集客力もあるらしい。だが一方ではそのために破産に追いやられる人を生むなど、副作用も大きい。

タクシー運転手氏の話によると、入場料は5000ウォン。自分もカジノに客を運んでその客を待つ間に何度か入ってみたこともあるが、どうも体質に合わないと言っていた。でもはまる人ははまっちゃうみたいだよねえ、運がよけりゃ大金を手にできるんだもんねえ。
その大金は誰かがスッた金で、その誰かは常に自分と入れ替わり可能だという当たり前のことを、しかしギャンブル好きの人間に説明したところで意味はないわけで、だからカジノは利益を上げつづけ、カジノが儲かれば町は潤う。だが町の郊外には質屋が軒を連ね、ちょっと異様な光景ではある。

さて、話を元に戻そう。町が小さいだけに国鉄の駅、バスターミナル、市場、公共施設などは1ヶ所にかたまっている。その一角の旅館に泊まることにしたのだが、最初に案内されたのは窓が廊下側にあるだけの部屋だった。外向きの窓のある部屋を所望したらそこは35000ウォンだと言われた。こんな田舎町で驚きの高値だ。これもカジノの影響か。映画で文盛瑾が演じた、指名手配されてソウルから逃げてきた活動家学生が転がり込んだ裸電球のぶらさがる安宿は、いったい1泊いくらだったのだろう。あるいは朴重勲演じる炭鉱社長のドラ息子がしょっちゅうシケこんでいたちょっとリッチめの旅館は。

国道から急な階段を上った上に国鉄太白線古汗駅がある。駅前広場からは町が一望できる。線路は山の中腹を這い、100メートルほどあちら側の山の中腹には中高等学校が見える。その間の深く狭い谷間に町はへばりついている。駅前広場からの眺めは映画で見覚えのある風景だった。遠く山の中腹に同じ形をした小さな家々がかたまっている。かつての炭住だ。映画では古びたスレート屋根だったが、今は葺き替えられており、おそらく住人も変わったことだろう。

市場は迷路のような路地がくねくねと続き、意外に広かった。ソウルや他の町でなら粉食といいそうな店がここでは「夜食」という看板を掲げている。炭塵をかぶって真っ黒になった建物もまだ残っている。市場の一角には怪しげな旅館やルームサロンが建ち並んでいる。かつては厳しい長時間労働に身も心もくたくたになった鉱夫たちを慰める場所だったのだろう。だからここでは、ソウルのように秘密めいた空間に隔離されておらず、八百屋のすぐとなり、つまり日常生活の一部として存在していたのではないだろうか。どれもこれも、この町がかつて炭鉱の街であったことの証である。

山肌に廃坑になって放置され荒れ放題になっている炭鉱現場が散在してはいるものの、現在も営業を続けている会社もある。それでも他の地方から炭鉱労働力としてやってきていた人の多くはこの町を去り、サービス業の営業を支える人口は減少していることだろう。それを埋めるのがカジノの客なのだ。カジノですっからかんになり、帰るに帰れない人が定着しつつあるとう嘘のような話も耳にする。はたして彼らにサービス業の営業を支える経済力があるのかは疑問だが、ともあれ、食堂、飲み屋、旅館などは、カジノで大儲けして気が大きくなった連中と、スッてヤケ酒を喰らう奴らを相手にしているのだろう。これはまたトホホな「クドゥルド ウリチョロム」である。

薄れゆく炭鉱の記憶と一攫千金を夢見てはるばるやってくる人々の野心。翌朝、目が覚めると古汗邑は雨に濡れていた。

*作文授業用に作成したものを日本語訳、加筆したものです。

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